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東京高等裁判所 昭和34年(ネ)862号 判決 1960年7月12日

控訴人 被告 百瀬金融株式会社

訴訟代理人 銭坂喜雄

被控訴人 原告 唐沢幸泰

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方事実上及び法律上の主張は、次に記載するものの外原判決事実摘示の通りであるからこれを引用する。

(一)被控訴人の主張

1  原判決第三枚表八行目の「強制執行として」は「強制執行費用として」の誤りにつき訂正する。

2  後記控訴人の主張中被控訴人の主張に反する部分は否認する。

(二)控訴人の主張

1  本件消費貸借における利息及び期限後の損害金の約定利率は日歩三〇銭であるが、控訴会社は、金融業の届出をしている者であるから、右利率の約定は、公序良俗に反することなく有効である。

2  被控訴人が弁済した金員の内、控訴人において従来強制執行費用として受領した旨主張して来た以外の金員は、いずれも、前記約定利率による利息又は損害金として、任意に弁済されたものであつて、それらの金員は、本件公正証書記載の利率による利息又は損害金として支払われたものではない。

3  而して、利息制限法所定の制限を超過した利率により任意に支払われた利息又は損害金の返還請求権に関する原判決の見解は相当でない。

金銭消費貸借に当り、公序良俗に反しない程度の利率が約定された場合、その約定は、原則として信義誠実の原則に基いて履行されなければならない。けだし、利率は、金銭消費貸借契約が成立するか否かにかかる重大な要素であるからである。殊に、金融業の届出をしている者が貸付ける場合には、利息制限法の範囲では金銭を融通する意思がなく、それ以上の高率であるために貸付を行うのである。すなわち、日歩三〇銭という利率は、本件金銭消費貸借契約においては、最も重要な要件であつて、被控訴人がこれを承諾しない限り、本件金銭消費貸借契約は、当初から成立しなかつたものである。従つて、被控訴人が後日利息制限法の範囲においてのみその責に任ずるとすれば、控訴人は、被控訴人に欺かれた結果になるものである。

日歩三〇銭という利率は決して安いものとは思われないがかような高い利率が契約されるのは、借主において、何らかの事情で、高利を承知の上で貸借を申込むためである。場合によつては、そのような高い利息を払つても借主において、それ以上の有形無形の利益が得られることもあると信ずる。従つて、貸借当時において、貸主において、利率の約定に関し、偽まん的行為がない限り、借主は、自ら進んでした契約として、それを誠実に履行するのが当然である。

被控訴人のように、日歩三〇銭の契約をし、一定の期間その利率による利息又は損害金を支払い、その支払金額が、利息制限法の制限利率で換算した元利全額に相当する額に達した時に訴を起せば、結果において利息制限法の制限利率で金員を借受けたと同一になるのであるが、かくの如きは、高利率を約定して貸主を欺き、結果において利息制限法の制限利率で借受けたと同一の利益をおさめるものであつて、このような債務者を保護すべき理由はない。

更に、利息制限法第一条第二項が、任意に支払つた金員の返還請求ができないとしている趣旨は、債務者が一定の期間の一定の利率による利息又は損害金であることを認識してこれを任意に支払つたものである以上、その金額のうち、利息制限法の制限利息を超過した部分は、これを現実に返還することを請求することができないというだけではなくて、その支払つたときの支払の趣旨を変更して、右超過部分を、元金又はその他の債務の弁済に充することをも許さない趣旨であると解すべきである。けだし、そのような弁済充当の変更も、一種の返還に外ならないからである。

証拠の関係は、被控訴人において、当審証人平野渡、同唐沢しず子及び同大槻武通の各証言を、控訴代理人において当審証人小笠原千代子の証言を、それぞれ援用した外原判決事実摘示の通りであるからこれを引用する。

理由

控訴人が訴外唐沢敏彦に対し、昭和三二年四月二三日、被控訴人を連帯保証人として、金三〇、〇〇〇円を、返済期同年五月二二日と定めて貸付け、同年五月一三日、右消費貸借に関し長野地方法務局所属公証人剱持延治に依頼して、金銭消費貸借公正証書(昭和三二年第一〇五三号)が作成されたこと、右消費貸借の利息及び損害金については、右公正証書には、それぞれ年二割及び日歩一〇銭九厘とすることの記載があつたが、実際は、右公正証書の記載にかかわらず、日歩三〇銭とする契約があつたこと、右消費貸借に関し、被控訴人は控訴人に対し、原判決添付別表一の通りの金員を支払つたこと、これらの金員は、右別表一の内4の七九四二円の内の三、〇八二円、5の四九六〇円の内の一、〇〇〇円及び24の一、六〇〇円の全額がそれぞれ強制執行の費用に充当せられ、その他はいずれも債務そのもの(元利いずれに充当されたかは別として)に充当して支払われたものであること、以上の諸点については、当裁判所も原審とその判断を同じくするので、原判決の理由中該当の部分を引用する。当審証人平野渡、同唐沢しず子及び同大槻武通の各証言中右認定に反する部分は信用しない。当審証人小笠原千代子の証言は右認定を左右するに足りない。

以上の次第で、被控訴人が本件消費貸借債務に弁済した金員の内訳は別表中「弁済年月日」及び「弁済金額」らん記載の通りとなるものであるところ、成立に争いのない甲第四号証の一ないし二一を当審証人小笠原千代子の証言に綜合すると、右の支払金額は、いずれも、前記日歩三〇銭の約定利率により、その当時までに生じた利息及び遅延損害金に充当して、任意に弁済されたものであることを認めることができる。当審証人平野渡同唐沢しず子及び同大槻武通の各証言中右認定に反する部分は措信し得ない。故に、右日歩三〇銭の約定利率による利息及び遅延利息の弁済が、その全額が有効な債務の弁済として債権者の取得に帰すべきものであるならば、本件消費貸借債権は、元本全額とこれに対する昭和三三年七月二日以降の損害金が残存している計算であるから、本件債務名義は、なお執行力を有することとなるわけである。

しかしながら、本件金銭消費貸借の元本は三〇、〇〇〇円であるから、利息制限法(昭和二九年法律第一〇〇号)による制限利率は、利息(返済期当日まで)は年二割、損害金(返済期の翌日以降)は年四割であるから、日歩三〇銭という前記約定利率は、右制限を超過していることが明かである。

ところで、利息制限法は、金銭消費貸借における利息および損害金(以下利息等という。)の契約のうち、同法所定の制限を超過する部分(以下単に超過部分という。)につき、これを「無効とする。」と規定しているから、債務者が、利息等を、約定利率に従つて任意に弁済した場合、すなわち、利息等に対する弁済充当が、当事者の合意により、または債務者の指定によつて行われ、もしくは、債権者の指定によつて充当が行われたのに対して、債務者が直ちに異議を述べなかつた場合でも、それらの弁済充当に関する合意または指定は、超過部分に関する限り、その効力を生ずるに由なきものである(旧利息制限法の下では、超過部分を以て、「裁判上無効」とする規定を大審院判例のように解する限り、本文のような弁済充当の無効ということは起らない)。そして、この場合、超過部分は、「当該債務の弁済金であるが、なおいまだ弁済充当が行われていない金員」たる性質を有するものに外ならず、かつ、この金員は、(イ)当該債務に残存額が存するときは、それに相当する額は、非債弁済にかかる金員ではなく、(ロ)、これに反して、当該債務の残存額を超える額(当該債務が残存していないときは全額)は、非債弁済にかかる金員であるわけであるから(なお、残存債務の有無の計算は、制限利率によるべきことはもちろんである。)、超過部分たる金員の措置は、民法の一般原則に従えば、右(イ)の金員については、当該債務の残存額に対し、当事者が制限利率に従つて、改めて弁済充当を行うならばそれでよいし、当事者が充当をしなければ、法定充当を行うべきこととなり、(ロ)の金員については、民法第七〇五条の非債弁済の規定に従つて、債務者の返還請求権の有無を定めることになるわけである。ところで、利息制限法第一条第二項第四条第二項は、任意に支払われた制限超過の利息等の返還請求権を否定しているが、それは、右(ロ)の金員につき、民法第七〇五条の適用を排除して、債務者の善意悪意を問わず、一切その返還請求を認めないことにしたまでのことで、右(イ)の、金員についてまで、前記民法の一般原則の適用を排除したものではないと解すべきである。けだし、右と反対に、右(イ)の場合にも、前記民法の一般原則を排除して、超過部分をそのまま債権者の取得に委すべきものであると解することは、「無効」という字句の一般的な解釈にも反するし、かつ、旧利息制限法の「裁判上無効」の規定を、現行利息制限法の「無効」に改めた立法の趣旨を没却することになるからである。

控訴人は利息制限法の解釈に関し、以上と反対の見解をるる主張するが、利息等に関する契約のうち、制限超過部分の無効であることは、他に公序良俗違反の理由があるかどうか、債権者が金融業者であるかどうか、その契約が当該金銭消費貸借締結の要件をなしていたかどうか、などとはすべてかかわりないものであり、債務者がこの契約を履行しないことが信義誠実の原則に反するものでもない。また、前記当裁判所のような見解を採用した結果、債権者が、制限超過部分を取得し得なくなつたからといつて、債権者が、不法な損害をこうむつたものというべきでもなく、そのことを理由として、債務者を詐欺呼ばわりすることも当らない。控訴人の右主張はすべて採用し得ない。

そこで、前記認定の本件各弁済金を、前記認定の制限利率によつて充当計算すると、別表の通りとなる。故に、本件各弁済金のうち、別表1ないし22のものの弁済当時においては、いずれも、本件消費貸借債権の残存額が存したものであるところ、当事者において制限利率による弁済充当をしたことは、これを認めるべき証拠がないから、法定充当を行うべく、その結果は別表の通りで、結局、元利を完済して余りを生ずること計算上明かである。

以上の次第で、前記本件消費貸借の公正証書の執行力ある正本に基く強制執行はこれを許すべきものではないから、被控訴人の本訴請求は理由あり、これを認容した原判決は相当である。

よつて、民事訴訟法第三八四条第九五条第八九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判長判事 内田護文 判事 鈴木禎次郎 判事 入山実)

別表<省略>

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